廣岡拓朗2019年10月24日読了時間: 1分「たましいの錨」(いかり) 今朝は、聖書の「ヘブル人への手紙」6章を読みました。 「私たちが持っているこの希望は、安全で確かな、たましいの錨のようなものであり・・・」(6章19節) 個人的に「たましいの錨」という表現に、心惹かれるものがあります。 与えられている希望は確かで、自分の「たましい」はそこにつながれている。自分自身は小さな波にさえ揺れてしまう小舟のような存在だけれども、しかし、揺るがない希望によって今日もつなぎとめられている。 金沢港の波止場の情景を思い出しながら、この箇所を読んでいました。
今朝は、聖書の「ヘブル人への手紙」6章を読みました。 「私たちが持っているこの希望は、安全で確かな、たましいの錨のようなものであり・・・」(6章19節) 個人的に「たましいの錨」という表現に、心惹かれるものがあります。 与えられている希望は確かで、自分の「たましい」はそこにつながれている。自分自身は小さな波にさえ揺れてしまう小舟のような存在だけれども、しかし、揺るがない希望によって今日もつなぎとめられている。 金沢港の波止場の情景を思い出しながら、この箇所を読んでいました。